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「愛の不時着」と社会を愛を持って語る

コロナ禍の中最大のヒットと言えば、ネットフリックス配信の韓国ドラマ「愛の不時着」!。パラグライダー中に思わぬ事故に巻き込まれ北朝鮮に不時着した韓国の財閥令嬢が、北朝鮮軍のエリート将校と出会うという異色のラブコメディは、これまでの韓流ドラマファンだけでなく中高年の男性まで巻き込んでロングヒットしています。

「『愛の不時着』と社会を愛を持って語る」フジテレビ解説委員鈴木款×東ちづるのライブトークでは、なぜ「愛の不時着」が皆の心を捉えて離さないのか、ドラマの背景にある北朝鮮と韓国の背景にまで踏み込んで、ネタバレ必至でその魅力を語りつくします。

【鈴木款プロフィール】

フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。



2周目はディテールに気づく面白さ

鈴木:きょうは「愛の不時着」について東さんと語りつくすということですが、ご覧になっていない方にはネタバレ注意ですね。

東さん:でもこのドラマはネタバレしても面白いですよね。私は全部わかったうえで観た2周目がまた面白かったです。

鈴木:皆そう言いますよね。2周目は細かいところに気づきがあって面白いとか、展開を安心して観られるとか。

東さん:この中にはラブストーリーだけではなく、北朝鮮と韓国の関係性や軍、経済などいろいろな要素が絡み合っています。途中まで勧善懲悪なので気持ちが入りやすいのですが、終わったら極悪人がいないという気がしますよね。切ないし、ハラハラするし、ドキドキするし、萌えるし、キュンキュンします。鈴木さんはなぜ「愛の不時着」を観ようと思ったのですか?

鈴木:それ、東さんが聞きますか?(笑)ネットフリックスが2月に配信するとあっという間にブームになって、私も1話の半分くらいまで観たんですけど、韓国の財閥令嬢のよくある話なのかなと思ってそこでやめちゃったんです。ところが東さんから「とにかく2話まで観ないと。そうすれば魅力がわかるから」と言われて最初はしぶしぶ観たのですが、そのうち1日1話寝る前に必ず観るようになって。次の展開が気になって仕方ないときには通勤電車の中で観ました。恥ずかしかったんですけど。

脱北者の監修で生活をリアルに再現

東さん:私が鈴木さんに観て欲しいなあと思ったのは、愛の不時着は単なる恋愛ドラマではなくて、社会的なテーマがあったからなんです。私は以前フジテレビで「The Week」という情報番組の司会をした際に北朝鮮の映像を沢山見たのですが、愛の不時着に描かれているような北朝鮮は見たことがなかったんです。

「これは本当なのか?ファンタジーではないの?」と思って調べてみたら、脱北者の話を聞いて北朝鮮の生活をリアルに再現したとわかって、ニュースのプロは観たほうがいいのではと思いました。

鈴木:私は北朝鮮に行ったことはありませんが、NY支局勤務の時に北朝鮮の国連大使をよく取材しました。彼は我々日本メディアに対しては常に敵対的でしたが、ある取材の際他社の日本人記者がこけてマイクを落としたことがあって、その時にくすっと笑ったんです。それを見た時に「同じ感情を持っているんだな、通じるものがあるかもな」と思ったことがありますね。

東さん:描かれている北朝鮮は私が10代の頃の日本の雰囲気があるなあと思いました。不時着した主人公のユン・セリが住んだ村では停電が当たり前ですが、私も子どもの頃は停電がありました。洗濯は洗濯機が無いから洗濯板、ご飯は炊飯器でなくてお釜で炊いているし。禁止されている韓国製の炊飯器がなぜか流通していて、見回りが来ると結局袖の下として渡さないといけなくて、笑えるけど切ないなあという感じですね。



南北の食生活の違いにぐっとくる

鈴木:北朝鮮は経済制裁下にあるうえ、コロナの影響もあって、経済がかなり困窮しているのではないかと言われています。

東さん:「愛の不時着」の中ではおやつにジャガイモを蒸かして食べて、お肉もなかなか手に入らない。麺は自分で手打ち、コーヒーはコーヒー豆を煎ってドリップして、何から何まで手作りでしたね。

主役のユン・セリは「シャンパンしか飲んだことが無い」と言っていたけど、そのうち「何これ?美味しい」となって。その辺の南北の違いがぐっときましたね。

鈴木:普段我々メディアも、北朝鮮の国民といえば政府高官かマスゲームをやっている“平壌市民”の映像ぐらいしか見ることができません。ですから「愛の不時着」で描かれていた北朝鮮の庶民の生活が本当に100%再現されているのかちょっと私もわかりませんが、新鮮ではありました。

東さん:私は飢えている子どもたちの映像などしか見ていなかったので、あんなふうに皆でにこにこしながら助け合ったり、子どもを「なんで勉強しないの」と怒ったり、まるで昔のサザエさんみたいだなと感じました。

社会主義国の庶民の日常生活とは

鈴木:私はNY支局時にキューバに取材に行きました。キューバも北朝鮮と同じ個人崇拝の社会主義国家で、現地では電話が盗聴されていたり、かなり息苦しさを感じることがありました。しかし夕方、首都ハバナの海岸近くを車で通りがかったとき、堤防にカップルが5メートル間隔位で座って海を見ていたんです。それを見て国の体制はそうであっても、やっぱり庶民は普通にデートして楽しんでいる生活があるんだなと新鮮に感じたんですね。

東さん:それはすごくわかります。

鈴木:ただ街頭でインタビューをした際に、子どもがいたので「アメリカってどう思う?」と聞いたら、お母さんがやってきて「なんて恐ろしいことを聞くの」と怒って子どもを連れて行ってしまいました。

東さん:ドラマの中では北朝鮮の人達が韓国に対してものすごい憎しみを持っているんですよね。「資本主義だからこうなるんだ」と。北朝鮮の兵士が南に行くシーンでは、彼らはびっくりしながらも「俺たちは騙されている」と素直に受け入れられないのがたくさんあって。


38度線を跨げないもどかしさと切なさ

鈴木:韓国と北朝鮮はいま休戦状態ですから、国境ではなく軍事境界線と呼びますね。こうした状態が70年近く続いていて、先月の国連総会では親北と言われる文大統領が演説の中で終戦宣言を実現したいと。ああいうのをみると朝鮮半島の現実をあらためて突き付けられます。

東さん:朝鮮半島は38度線で分断されているから、南北で恋愛などできないわけですね。ですがドラマの中では「統一したらこうなるのにね」みたいな会話が端々にあるんですよ。ドラマ自体は政治色がなくて、フラットなのでとても観やすいのですが。

鈴木:「愛の不時着」には韓国の北朝鮮に対する同胞意識や、北朝鮮の人たちに「こうあって欲しい」という願いのような感情が感じられました。我々日本人からすると「なぜ韓国では北朝鮮に対して融和的な人が多いのか」と疑問に思いますが、やはり同一民族であることを考えると理解はできますね。

東さん:そうですね。「すぐそこを跨げばハグもできるのに」というもどかしさや、2人の心が通じ合えば通じ合うほどブレーキがかかるという。切ないですよね。

自立する女性が韓国ドラマの魅力

鈴木:そもそも東さんは韓国ドラマのどこが好きなのですか?

東さん:私はコロナになって20本くらい韓国ドラマを観ているんですよ。いまは「キム秘書はなぜ」を観ているんですけど、なぜ自分がハマっているのかわかったのは、すべての女性が自立しているか自立を目指しているんですよね。愛の不時着ではユン・セリもそうです。ストーリーが展開する中でユン・セリは、バリバリのキャリアウーマンでワンマン経営者からさらに成長していきますよね。

鈴木:最終話でミーティング中に部下の携帯が鳴るんですよね。最初の頃ユン・セリは凄く怒ったんですが、最終話では「私その曲を好きよ」と。

東さん:その曲をなぜ好きかというと、そこも次の展開への伏線だということがあとでわかるんですよね。韓国ドラマって伏線の嵐なんです。ユン・セリの相手、リ・ジョンヒョクがとてもクールなんですけれども、なぜクールになったかとか、ユン・セリのきつい性格がなぜそうなったのかとか。だから私、最初の頃は夜12時ぐらいから観ていたんですけど、これはちゃんと覚えておかないとだめだと思って集中できる時間に(笑)。

韓国の役者はなぜ演技が上手いのか

鈴木:東さんは以前「韓国の役者さんは本当に上手」と言っていましたね。私、劇作家の平田オリザさんに韓国の演劇教育について取材したことがありますが、韓国の高校は美術と音楽のほかに演劇が選択科目に入っているそうです。また、90以上の大学に演劇や映画専門の学部があって、日本と力の入れ方が違うんです。

東さん:演劇の歴史も習うので、所作や言葉も勉強するから韓国の役者さんは時代劇もできますよね。

鈴木:だから芸の幅が広いのと、演劇人口が多いので競争が激しいんです。その中で勝ち残ってきた人たちがドラマや映画に出ているので、女優さんを前にして言うのは何ですけど、韓国の役者さんたちは本当にレベルが高いというか。

東さん:ワンシーンしか出演しない役者さんも、めちゃくちゃ上手じゃないですか。韓国ドラマをいろいろ観ていると、ワンシーンだけ出ていた人が数年後に主役をやっているんです。他にも「なぜこの女優が主役なのか」と開始前から叩かれたドラマがあるんですけど、1話が放送された途端に批判が止んで「この女優は素晴らしい」となるんですよね。

子役も本当に上手くて、大人に変に媚を売るような演技ではなくとてもナチュラルな演技なんです。

韓国ドラマは予算あり丁寧に撮影

鈴木:そういえば韓国の俳優はアクションシーンが上手いですよね。徴兵制があるからかもしれませんが身体が鍛えられていてよく動く。とにかく彼らは時代劇からアクション、コメディまで何でもこなします。

東さん:リ・ジョンヒョクもその部下も、アクションシーンがめちゃくちゃカッコいい。登場した最初の頃は「この人たち、軍で役に立っていないんじゃないの?」という風体だったのですが、アクションが素晴らしいし身体も作っている。みんなお芝居がうまくて、たぶん泣くシーンで目薬を使っていない。みんな目が充血して鼻が赤くなって泣いていますよね。

あと、韓国ドラマは重要なところは順撮り(※)を重視するという記事もありました。予算があって日程もとれるから丁寧に撮れるんだと思いますね。

(※)シナリオの冒頭から順を追って撮影を進める方法

鈴木:平田さんによると韓国の文化予算は対GDP比でフランスを超えて世界1位だそうです。韓国は国家戦略として映画や音楽に予算を投入し、製品として世界に向けて輸出するんです。

東さん:国だけでなくて地域も撮影に協力的なんでしょうね。日本だと「こんなところでロケやってるんじゃねーよ」とか言われて、スタッフが対応しているのを見ながら「大丈夫かなあ。中止になるのかなあ」という時がありますね。


「韓国ドラマのテッパン」の雪が降る

鈴木:ところで愛の不時着ではスイスがストーリーのカギとなりますね。

東さん:永世中立国スイスの重要性ですよね。それにスイスは本当に美しかったです。

鈴木:ネタバレですが、私は最後「その手があったか」と思いました。一つ言うと北朝鮮はよく国際的に孤立していると言われますが、実は国連加盟国196か国の中で160ぐらいの国と国交があるんですよ。だからスイス以外にも最終話のシーンの候補国はあったのかもしれません。

東さん:スイスのシーンでは音楽の入れ方もとても上手いんです。あと韓国ドラマではよく雪が降りますが、「愛の不時着」でもとてもいい感じで雪が降りますね。

鈴木:雪は韓国ドラマのテッパンですね。

「愛は相手を守ること」がハマる理由

東さん:では最後にどのシーンが鈴木さんのベストですか?

鈴木:やはり6話の屋外市場で、リ・ジョンヒョクがアロマろうそくに火をつけてユン・セリを探すところですかね。あそこがきっかけで2人の関係が大きく変わるし。あとはやっぱり最終話が名シーンだらけで、3回は観ましたね。あとダンさんが出演しているシーンはだいたい名シーン(笑)。東さんは?

東さん:私が1番好きなシーンは、ユン・セリを部下が空港に送っていくときに、なぜリ・ジョンヒョクは送っていかないの?と思っていたら、バイクで現れて。そのあと身を挺して彼女を守るのですが、バイクはスタントマンじゃなくて。髪の毛がさっとしてカッコいいです。

鈴木:最初は無表情なリ・ジョンヒョクがどんどん変わっていくことも、「愛の不時着」の見所ですよね。

東さん:彼がどんどん繊細になっていくんですよね。「愛の不時着」にハマる理由としては、愛が束縛でも支配でもない。とにかく相手を守りたい。ときには自分が犠牲となっても守ると。そして守ったからといって、決して見返りを求めないというところですね。

鈴木:なるほど。。。そういえばアカデミー賞作品賞を取った「パラサイト」をよく観ると、「愛の不時着」の役者さんが重要な役柄で2人出ていますね。こうした発見も韓国ドラマや映画の楽しみです。きょうはありがとうございました。

(10月19日都内・霞町音楽堂にて)

追記:東ちづるさんのおススメ韓流ドラマベスト10をご紹介します。

①愛の不時着

②サイコだけど大丈夫

③刑務所のルールブック

④梨泰院クラス

⑤ロマンスは別冊付録

⑥賢い医師生活

⑦椿の花咲く頃

⑧キム秘書はいったい、なぜ?

⑨青い海の伝説

⑩ハイエナ


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